百物語 (新潮文庫)
昔、人は怪異とまともに向き合い、それによって謙虚な心を持つことを自然に身につけた。一つの必要悪であったわけだ。
江戸の風に吹かれている杉浦女史の99話は硬軟自在、怨みや可笑しみのごっちゃまぜである。でも一気に読み終えたあと、ちょっと心の懐が広くなっているような気がするのだ。
結局怪異とは、自分の醜さ、怖れ、苦悶、嫉妬などを鏡で見るようなものだ。そしてそれを見られることこそが人の人たる所以なのだ。
一日江戸人 (新潮文庫)
杉浦日向子は江戸を愛したひとであった。なんで江戸に生まれなかったか、と彼女のために悔やみたくなるレベルで江戸的な人物であった。
芸術系漫画雑誌のガロで漫画を描いていたのが最初のキャリアだと思うが、そして彼女の本業はあくまで漫画家であったと思っているが、NHKの番組「コメディーお江戸でござる」だかで毎回江戸についての講釈をしたりと漫画以外での活動は幅広く、この著もそのような活動の一端、内容としては江戸シロウト向けの江戸ガイド本といったところであり、江戸の風俗文章とイラストを交えて面白おかしく紹介したものである。
これが異常なまでにリアルな語り口調で語られ、彼女の書いたもの全部に言えるのだが現代にいながらにして、常時リアルタイムでの江戸の情報が流入してくることとなる。あれスピード感をすら伴う読書体験は他のどの江戸ガイド本から得る知識体験とも異なるものであり、トリップ感はサイケデリックですらあり、上質なネタを提供する杉浦日向子という人物の持つ独特な空気感覚が明らかに創作家としての一面を通して色濃く滲み出たひとつの芸術作品的意味としての真空保存パック的のそれである。
いくらベタ褒めしても足らないくらい杉浦日向子は漫画も文章もどれ読んでも面白い。急逝が惜しまれる。