遍路みち
吉村昭の死後、妻・津村節子が出した短編小説集。
収録5作品のうち4作品に吉村昭が出てくる。うち3作は、吉村昭が亡くなった後の作者が描かれている。
仕事に追われ、夫が死を覚悟していることに気づくことができず、介護も十分に出来なかった事を深く悔いる作者は、四国遍路、下北・恐山、熱海へと出かける。夫との数々の思い出が作者の胸に去来し、悲しみが消えることはないのである。
本書所収の「異郷」は、2011年の川端康成文学賞の受賞作品。川端康成は吉村昭が尊敬した作家の一人で、吉村昭は何度も同賞の最終候補となったが、受賞には至らなかった。今回の津村節子の受賞は、吉村昭ファンとして感慨深いものがある。
紅梅
ついさっき、父が息を引き取った一週間前のまさにその時刻に読み終えた。
行間に五感が反応した。
癌で家族を喪失した者たちにこそ、過ぎたれど去らぬ日々が残る。
驚き、悲しみ、怒り、楽観と悲観、独占欲、医師のことばの裏に潜む確実な死の影、いつからか持たされていく諦め。
もっと一緒に過ごすことができたはずの時間。それを選ばなかった自分。
点滴。痛み止め。中心静脈。いくつもあったはずの選択の場面。
口中に砂を噛みながら、でも、驚くべきほど静かにそれらを追体験してしまった。
東日本大震災があった年の夏。百日紅の花の色。対象喪失。
涙ではなく、父への感謝があるからこそ、「紅梅」を今この時に読めたのだと思う。
ふたり旅―生きてきた証しとして
津村節子が幼少時からの長い人生を綴った作品。
もちろん、本書で描かれるのは津村節子の作家生活が中心であるが、一方で、同人仲間からやがて夫婦となった吉村昭が、多く登場するのもまた当然だろう。
本書は津村節子が自身について語った本であると同時に、妻として作家仲間として吉村昭を描いた作品とも言えるのである。
吉村昭の下積み時代、『戦艦武蔵』で一躍世に出た時のこと、『ふぉん・しいほるとの娘』『ポーツマスの旗』『冬の鷹』といった作品にまつわるエピソード、吉村昭の執筆スタイル、闘病生活。こうした作家・吉村昭の姿に加え、吉村家の様々な出来事(家の新築、子ども達・・)も多く語られる。また吉村昭の写真も多く掲載されている。
本書は吉村昭ファン、そして吉村昭の事を知りたいという人には必読の一冊だと言えよう。