韓国財閥解体 (B&Tブックス)
筆者はこの本のあとがきで、『韓国経済の専門ではない方々に、韓国の経済、韓国の財閥において現在起こっていることをお伝えするため』に、『わかりやすさをモットーとし』て、『新聞報道と専門書の中間のような存在を目指し』たと書いているが、その意図は十分果たせていると思う。本書を読めば、韓国の財閥の沿革と盛衰、そして彼らを取り巻く環境の変化についての基礎知識は得られる。
ただ、いかんせん新聞や雑誌の特集記事より少し詳しめという程度なので、記述内容の「なまもの」度が高く、2001年8月の初版出版から3年も経つとすでに鮮度が落ちて、コンテンポラリーな情報とは言えないものも多い。韓国経済についてある程度の知識のある方や、韓国に限らず「財閥」という企業形態の功罪などに関心のある方には、食い足りないと感じられるだろう。個人的には、例えば日本の財閥解体の経験との比較や、他の発展途上国での経済力集中の問題との比較、コングロマリットや同族支配の企業におけるコーポレートガバナンスに関する議論なども視野に入れた論考があれば、より面白い本になったのではないかと思う。
財閥解体―GHQエコノミストの回想
開戦時のルーズベルト大統領は、大恐慌克服のためにニュー・ディールを政策としたことで知られている。1930年代には多くのニュー・ディーラーを生み出した。日本の占領は、その雰囲気の延長線上にあり、本書にもあるように将に「ニュー・ディールとしての占領」といえる。
日本に対する占領方針は、戦時中から起草され1945年11月に完成された基本指令がマッカーサーの下に送られた。本書が関係する経済についてもこの方針に基づくことになる。ここにハドレーは31歳の若さでニュー・ディーラーとしてGHQ・GSのホイットニー准将、ケーディス大佐のもとで経済政策に辣腕を振るうことになる。
ところで占領方針を立てるためにワシントンで戦時中、日本について理解を深めるとしたらE・ハーバート・ノーマン『日本における近代国家の成立』しかなかったと言うのが、凄い。そして「(日本を変えようという)試みの成功に最大の自信を持っていたのは、日本について知識がもっとも少ない一群の人々であった」と率直に語る。
ハドレーは占領後の潮の変り目の中で“左翼”として排斥された。名誉回復されたのは1967年のことであったという。
「財閥解体」の当否は別として、占領とは何であったかを知るための資料として、率直な実行者の記録である本書は貴重なものといえよう。