バレンボイム/サイード 音楽と社会
クラシック音楽の本流を知る、良心的な2人の知識人の音楽を軸にした対話集。白血病と闘っているサイードがバレンボイムに話を合わせ、何か合意したいと思っている気持ちも感じられました。
小生の印象に残ったのは以下の点です。
・何かを理解するには必要な時間の長さがある。クラシックの曲は短く一言に要約できない。
・音は演奏された途端に減衰していく。沈黙に吸い込まれていく。音の流れは、この物理現象に対する抵抗という側面がある。
・音の流れは、演奏時には重さを持つ。その重さによって必要な時間が実は異なる。
フルトヴェングラーの振った曲は、その重さを判断してテンポが揺れている。
・曲の内容が薄いと、早いテンポでごまかすようなことになる。
・クレッシェンドしたフォルテッシモの後にピアニッシモがある場合でも、クレッシェンドを途中で鈍らせてはならない。これは勇気がいること。極端がカタルシスを作る。
・楽譜の情報は一部のみ。たとえば楽譜どおり全楽器が同時にクレッシェンドしたらトランペットとティンパニ以外は聞こえなくなる。弱い楽器から順にクレッシェンドして、音が聞こえるように演奏すべきだと思う。
・指揮者が命令して出る音は深くない。音を出しているのは演奏者。指揮者に言われるままの演奏者は最悪である。各人の思いが出て初めて深い音楽になる。
・ゲーテの「東西詞集」はアラブ文化を知った衝撃を表したもの。サイードとバレムボイムはワーグナーゆかりの地で、アラブやイスラエルのような紛争地帯の演奏者を集めたオーケストラ活動を行った。最初は反目しあっていたが、曲を合わせた経験が彼らを変えた。音楽の経験には神秘的なところがある。
・ドイツの音楽は、ドイツ人だけがわかるわけではない。日本人でさえ、良い演奏者が大勢いる。各国の文化が違うのは悪いことではないが、それが他の文化より優れていると思うのは大きな間違い(ナショナリズム)。
・反目してお互いを無視しあっていてもしょうがない。対話が解決につながる。
・ワーグナーは人としては最低だったが、音楽は音響含めて革新的だった。ホロコーストなどでトラウマになっている方々は尊重しなければならないが、イスラエルでも上演されていい。(実際、アンコールで上演して、批判の嵐も浴びた)
・「物議をかもす人」というのは、知識人にとって褒め言葉である。2人ともこれを誇りに思っている。
・音はその場限りで消えていく。音楽は人生を勉強するのに最適のものだ。また、同時に人生からの逃避にも最適だというのがパラドックスだ。
いい友達だなと思います。2人とも筋の通った、時代の旅人でした。(バレンボイムはまだ存命なので、彼の正統な音楽はまだこの世で聴けます)
ブラームス:ドイツ・レクイエム
私が指揮者としてのバレンボイムに親しむ様になったのは、モーツァルトのレクイエムやシューベルトのザ・グレートなどのCDが発売された頃からです。
それまでは、ピアニストとしてのバレンボイムとして親しんでいました。
ピアニストとしてのバレンボイムは、ショパンのノクターン全曲盤などを聴くと、割合中庸で、あまり個性的ではありません。
ところが、指揮者としてのバレンボイムには、メリハリが強く、非常に情熱的であると感じます。
反面、オーケストラの音造りに、緻密さに欠ける面も感じました。
本「ドイツ・レクイエム」は、オーケストラも合唱もソリストも、細緻かつ情熱的です。
第1曲の出だしの、ソット・ボーチェの部分から、大変美しく清らかで、早くも引き込まれます。
第2曲は、ポコ・ア・ポコ・クレッシェンドしてゆきますが、想像どうり、地響きを立てる様な盛り上げ方です。
そして、第6曲の壮絶とも言える迫力には、圧倒されるばかりです。
かように、メリハリが強く、情熱的な指揮を行うバレンボイムの特徴が色濃いです。
しかも、時に緻密さに欠ける時があるバレンボイムではありますが、この演奏は非常に細緻です。
情熱を渾身でぶつけるバレンボイムを堪能出来ます。
ニューイヤー・コンサート 2009 [DVD]
テレビで見ましたが、素晴らしかった。今まで、ニューイヤー・コンサートで、ウィーン・フィルのワルツのリズムの刻み方まで手を入れたのは、バレンボイムが初めてでしょうね。なおかつ、リズムの拍のひとつひとつに完璧に全楽器を合わせる、バレンボイムらしい完全主義。結果としてポルカというより軍楽隊の行進のようになっている曲もありましたが、毎年、おめでたくも心地よく、単調で眠たくなるニューイヤー・コンサートが、今年は、メリハリのある、芯の通った演奏が続いた。今までのニューイヤー・コンサートで最良。
バレンボイムの結構な役者ぶりも見られるし、挨拶で間接的にガザの空爆に言及したのも、イスラエル・フィルの監督を長年務めているバレンボイムならでは。
発売が待ち遠しいですね。
マスネ:歌劇《マノン》 [DVD]
2010年のアンナネトレプコ来日公演はマノンですね。これでしっかり予習して、当日は字幕を見ずに、彼女の演技と歌を存分に堪能したいと思います。
まるでブロードウェーのミュージカルを見ているかのような華やかなステージ。音楽はダニエル・バレンボエム指揮です。
最終幕のアンナ・ネトレプコの演技の細やかさが絶妙。
彼女の演技はクローズアップで見てこそ、その素晴らしさが分かります。